第5話 ハイブリッド投資の勧め

0)目次

第1話 VCとスタートアップと起業とCVCの経験からの気付き
第2話 最近、なぜ大手事業会社がスタートアップ投資をするのか?
第3話 スタートアップ投資実務のポイント①(前回)
第4話 スタートアップ投資実務のポイント②
・第5話 ハイブリッド投資の勧め (今回・最終話)

本シリーズの最終回となる第5話では、僕が強くお勧めする「ハイブリッド投資」について解説します。ハイブリッド投資には、どのような効果があるのか、またどのように活用すべきなのか、間接投資(LP投資)先の選定ポイントとあわせて考えていきます。

1)ハイブリッド投資とは?

ハイブリッド投資とは、「直接投資」と「間接投資」を組み合わせた投資手法です。

  • 直接投資(CVC投資):大手事業会社などが、自己資金(B/S)で、自ら投資を行い、スタートアップ(以下SU)と共創、事業シナジーや金融リターンを追求する。スタート時の部門メンバーは、計数に明るい経営企画部門などが兼務して始める場合が多い。
  • 間接投資(LP投資):VCファンドにLP(リミテッド・パートナー)として参画し、SUに間接的に投資する。そして、VCの専門的な投資活動を学び、ノウハウを社内に蓄積し直接投資に活かす。

この両者を組み合わせることで、①ステージ網羅、②事業領域カバー、③SUニーズへの対応、④SU不確実性への対応、⑤投資予算の圧縮、など多くのメリットを享受できるのです。

2) なぜハイブリッド投資が有効なのか?

1.ステージ網羅

大手事業会社のSU投資の主な目的は、共創や事業シナジーです(金融リターンに重きを置く大手事業会社は除く)。よって、製品やサービスがまだなかったり、事業の方向性がまだ固まっていないタイミングにあったり(シードやアーリー期)のSUとの共創検討は、なかなか進みません。必然的に、拡販フェーズに入ったミドルやレイター期のSUとの共創検討が大部分となります。何のためにSU投資をするのかという原理原則に立ち返ると、投資対象ステージはミドルやレイターに暫くすると集約してきます。しかし、ミドルやレイター期にSUが成長するまで待っていては、広義のライバルが先に出資・共創していて機会を失ってしまう場合があります。つまり、今は投資・共創することもできず、将来も出来ないという「八方塞がり」の状況になることもあります。

このような状況を避けるために、間接投資(VCへのLP投資)を通じてシードやアーリー期のSUと関係を作り(ツバ付け)、然るべきタイミング(ミドルやレイター期)が来たら直接投資や共創を行います。間接投資と直接投資の両者を組み合わせること(ハイブリッド投資)で、シード・アーリー期からミドル・レイター期まで幅広いステージのSUにアプローチできるのです。

2.事業領域カバー

大手事業会社の直接投資は、基本的に「事業シナジー」を前提とするため、どうしても自社の事業領域と近い領域で事業展開するSUへの投資に偏りがちです。しかし、イノベーションは「意外性ある飛び地」から生まれることも多く、直接投資だけでは見逃してしまう事業領域があります

VCファンドのLP(間接投資)は、通常はA社、B社、C社…と複数社です(二人組合を除く)。ファンドを運営するVC(LPに対してGPと言われます)は、全LPの興味ある事業領域を総合的に勘案して、投資対象領域を考えています。例えば、LPであるC社の事業領域に近いX社に投資したとしましょう。X社の事業領域は、LPであるA社の事業領域から見ると、遠い「飛び地」です。しかし、C社に限らずA社にも、X社の情報は入ります(VCは投資したSUおよび接点を持ったSUの情報を、LPに積極的に共有します)。A社は、間接投資先であるX社とミーティングしてみたところ、当初考えてもみなかった共創アイデアが出てきたりすることもあります。共創アイデアに至らなくとも、業界トレンドや新規事業シーズを把握する上で役立ちます。

「飛び地」の事業領域で事業展開するSUとの共創検討こそ、オープンイノベーションと言えます。自社の周辺領域に加え、遠い事業領域(飛び地)もカバーできる点も、ハイブリッド投資のメリットです。

3.SUニーズへの対応

 SUは成長ステージごとに、株主に求めるコトが異なったりします。

  • シード・アーリー期:資本政策(資金調達)アドバイス、起業家メンタリングなど、VCが強みを発揮する内容。
  • ミドル・レイター期:売上拡大のための事業提携や共創、事業開発サポートなど、大手事業会社が強みを発揮する内容。

大手事業会社はハイブリッド投資により、前者には関係の深いVC(間接投資)が対応し、後者には自社(直接投資)で対応することで、SUのニーズや困り事に対応でき、良好な関係が築けるかもしれません。

4.SU不確実性への対応

当たり前ですが、SUの事業展開や資金繰りは、大手事業会社に比べ、とても不安定です。ステージが早いシードやアーリー期においては、更にその不確実性は高まります。SUの不確実性に大手事業会社が備えるためには、直接投資に比べ間接投資が向いていると言えるかもしれません。具体的には、投資有価証券の減損処理と提携戦略転換(共創検討)ソフトランディングなどです。

SUの事業計画が大幅に遅れた場合、主な事業内容を変更した場合(ピボット)、代表者が変更した場合、前回ファイナンスを大きく下回る株価でファイナンスを行った場合、総合的に「減損」するかしないかを検討します。SUの内情をしっかり把握する必要がありますし、デリケートな情報を能動的に入手するスキルや人間関係も大切です。

特にステージが早いSUにおいては、まだCFOが不在だったり管理部門が脆弱な会社も多く、なかなか財務情報が出てこなかったり、投資家とのコミュニケーションに慣れていなかったりで、大手事業会社の投資部門(SUとコミュニケーションを直接取る担当部門)が苦労します。IPOしている大手事業会社は、自社の決算開示の為にキチンと投資有価証券を時価評価する必要があるため、経理部門から頻繁に「投資先の最新月次試算表を入手するようリクエスト」されます。

また、例えば大手事業会社にとっては超少額の1,000万円の投資先SUについても、キチンと時価評価や減損判定する必要があるケースが殆どです。直接投資の場合は大手事業会社が自らこれらを行う必要がありますが、間接投資(LP投資)においてはVCが行ってくれます。管理業務の観点からも、不確実性がとても高かったり、管理体制が整っていなかったりのSUには間接投資が向くと言えます。

提携戦略転換(共創検討)ソフトランディングについて、見ていきましょう。例えば、飲料メーカーA社が共創や業務提携を見込んで、X社という健康飲料で独自技術を保有するSUに投資したとします。A社とX社で、6か月間にわたり真剣に業務提携のディスカッションを重ねたにも関わらず形にならず、暫くしたら再度検討しましょうと、そのタイミングでの成立を両社で断念しました。

数か月後、X社と広義の競合であるSUのY社とA社の業務提携の話が、トントン拍子で進みまとまり、A社とY社でプレスリリースを出しました。このリリースを見たX社は、「当社の秘密情報を株主として、かつ業務連携を匂わせて入手し、競合先Y社との業務提携に利用した」と事実無根の主張をします。理想的には、A社はY社と業務提携をまとめる前に、X社の株式を手放した方が安全です。しかし、株式公開していない未公開株には流動性がなく、売りたいタイミングで売ることができません。X株式を保有したまま、悪評が広められるか、魅力的なYとの業務提携を断念するか?

上記は極端な事例ですが(しかし、僕には似たような実体験があります)、共創や業務提携でパートナーSUの選択肢が複数あり、方針がまだ固まっていないタイミングでは、直接投資は避けた方が良いと思います。このようなタイミングでは、関係性や距離感の観点で間接投資の方が向いています。間接投資でソフトランディングできる場合があります。もっとも、VCは金融リターン(キャピタルゲイン)を目指していますので、IPO時期や時価総額(株価)など、事業会社と異なる視点で投資判断しますので、LPのSU投資の希望に添えない場合もあります。

5.投資予算の圧縮

大手事業会社がSU投資を初めて行う場合、「二人組合ファンド」というVCと大手事業会社の2社だけでファンドを組成してスタートするケースをよく拝見します。多くの場合、そのファンドの総額は50億円で、VCが1億円出資し、大手事業会社が49億円出資するケースが多いようです。VCが受け取る管理手数料は、年間1.0~1.5億円、これが10年続きますので、総額10~15億円です。正直、VCにとって「総額50億円の二人組合ファンド」は、非常においしいビジネスです(笑)

ここではあまり詳しく書きませんが、49億円出資して二人組合ファンドを組成するより、例えば自社CVC(直接投資)部門に25億円の投資予算を割り振り、これを補完する形で、事業領域・国・相性の良い2~3つのVCファンドに総額10億円LP投資するのが良いと僕は考えます。間接投資(LP投資)したVC2~3社から、SU投資に関する一連の業務ノウハウ(チームメンバーの構成、ソーシング、投資決定機関の構成、投資先モニタリング、共創チャレンジ、減損ルールなど)のレクチャーの無償サービスが受けられる場合があります(管理報酬をコンサル料と考える場合も有り)。LP投資による「VCからの無償サービス」は、積極的に検討すべきです

3) LP投資先の選定ポイント

 ハイブリッド投資を実施する上で、自社CVCをどのように組成するかと並んで、どのVCファンドにLP投資するかは重要です。選定のポイントとして、以下の要素が挙げられます。

1.VCの強みの把握

VC会社の株主や主要投資メンバーの経歴によって、主に下記2種に分類される。

  • 金融会社系VC:例として、銀行系列、証券会社系列、会計コンサル系列のVC会社、およびそれらの会社出身者。資本政策・資金調達、起業家メンタリング、経営モニタリング(ガバナンス)に強く、主にシード・アーリー期のSU投資が得意。組成するファンドによって、注力するステージや事業領域を定める場合もあるし、全方位のジェネラルファンドであることもある。
  • 事業会社系VC:例として、IT企業系列、商社系列、メーカー系列、メディア系列のVC会社、およびそれらの会社出身者。事業開発や共創支援に強く、知見のある関連事業の投資が得意。

2.ファンドの投資方針・運営体制・実績

  • 投資対象の事業領域(業界)、国や地域、ステージ(SUの)。
  • ファンドの規模。ファンド規模が小さ過ぎるのはダメかもしれないが、大き過ぎると他LP投資家を含めOne of Themとなり埋もれる(情報の価値や共創機会が相対的に低下)
  • GP会社(ファンド管理会社、無限責任組合員)の過去の投資実績やEXIT実績。
  • GP会社とLP会社のカルチャーギャップ(10年という長い付き合いのため、大切)。
  • GP会社の担当者(代表者や経営陣だけでなく、LP主担当者も重要)

3.GPによる無償サービス

  • SUとの共創、新規事業開発の支援をどの程度行ってくれるか。
  • LP投資家の投資目的を理解し、適切なSUとのマッチングを提案できるか(全LPに、同一の「SUリスト一覧」の一斉送付ではなく)。
  • 直接投資(CVC)部門などの組成や運営の支援ができるか。
  • 直接投資を行う際の苦手な点(例:株主間契約書の権利義務、株価算定)のサポートがあるか。
  • LP(大手事業会社)からVC(GP会社)へ、ノウハウ取得・研修のための社員出向受入れはあるか?

 これらのポイントを踏まえて、自社に最適なファンドにLP投資を行うことで、より効果的なハイブリッド投資が実現できます。

4) ハイブリッド投資の実践に向けて

ハイブリッド投資の成功には、以下の3つのポイントが重要です。

  1. 明確な投資目的を持つこと

事業シナジーを狙うのか、市場調査を目的とするのか、明確な目的を設定する。

  1. LP投資(間接投資)とCVC投資(直接投資)のバランスを取ること

自社でどこまでカバーし、どこを外部のVCに任せるのかを、常に検証し続ける。

  1. 投資後のフォローアップを徹底すること

直接/間接を問わず、投資先SUとの関係性の強化・良好を本気で目指し、継続的な共創チャレンジを行う。

5) まとめ

 ハイブリッド投資は、大手事業会社がSUとの関係を強化し、新規事業開発やイノベーションを加速するための有効な手法です。CVC(直接投資)と、LP投資(間接投資)を組み合わせることで、より広範囲のスタートアップと関係を築くことが可能になります(接点を持つSU=共創検討の分母、を増やす)。

本記事に関する、不明点や感想の連絡を歓迎します。下記までお寄せください。

食の未来ファンド(kemuri ventures株式会社)
HP:https://www.kemuriventures.co.jp/
メール:mail.kemuri@gmail.com

pagetop