日本唯一のフードテック特化VC創業者による、投資・共創のポイント
~起業家理解がオープンイノベーション成功のカギ~
第1話 VCとスタートアップと起業とCVCの経験からの気付き

1. はじめに

岡田博紀(ひろき)と申します。まず自己紹介をさせて下さい。そして、これまで投資や共創に関するビジネスシーンで起こったことや感じたことを共有します。それらが、大手事業会社の方々がスタートアップ投資や共創(新規事業開発、オープンイノベーション)を行う際の、スタートアップの方々が投資を受けたり共創を進めたりする際の、生きたヒントや教材になるのではと思います。また、読者の方々がキャリア形成を考える、ちょっとした気づきも提供できたらと思います。

2. 自己紹介

早稲田大学(法)卒、新卒でジャフコに入社しベンチャー投資のスタンダードを学ぶ。三菱商事(生活産業グループIT投資部門)でベンチャー投資、モバイルアプリ開発のソケッツ社で事業開発を経て、2003年にエンレスト社を起業し食の世界へ。レストラン「kemuri神楽坂」初代店長として2年間現場に立ち、繁盛店に育てる。2012年、香港法人と上海法人(独資)を法定代表人として起業し、レストラン「kemuri上海」で中国市場に挑戦(2016年に上海法人を売却・帰国)。
2016年、ぐるなび社でレストランテック向けベンチャー投資部門を新設し責任者を務めた後に、丸井グループでベンチャー投資。コロナ蔓延直前の2020年3月に1人で地球一周し、食と健康の重要性・日本の食ビジネスの可能性を再認識し、2020年5月にkemuri ventures社を起業。2020年10月「食の未来ファンド」スタート。著書に「ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった ~一生役立つ仕事のスキルを身につける法~(大和書房)。 金沢市出身・神楽坂在住、高校時代にシリコンバレーMountain ViewにAFS留学・卒業、20歳の時にインドへの旅で「劇症A型肝炎」に罹るも生還。趣味はトレイル・ランニング(2019年にサハラ砂漠マラソン250km完走、2023年にUTMB 170km完走)

3. 高校時代の2回の留学(AFS)

現在は東京・神楽坂に主に住んでいますが、高校卒業までは石川県金沢市で過ごしました。田舎の公立進学校の理系特進クラスで理科と数学ばかり勉強していました。高校時代に2回のホームステイ留学に行きました。1回目は豪タスマニア州のHobartへ2カ月間、2回目は米シリコンバレーのLos Altosへ1年間。2回の留学を経て、世界規模でビジネスをしたい、ビジネスで成功するにはルールを熟知した方が良い、ビジネスのルールは法律だ。ということで、大学からは文転して法学部に進むことにしました。
2回の留学を経験し、僕には語学の才能がないこと、しかし、世界中の人にストレートに想いを伝えたり、仲間を作ったり、喧嘩することを恐れないという自分の特性(強み・弱み)を18歳で知ることが出来ました。2回のホームステイ留学経験は、後にベンチャーキャピタリストとして仕事をする際に、交渉や粘り強さ、論理的思考、異質な文化との共生に役立っています。スタートアップと大企業の文化は、凄く異なりますよね(笑)。投資・共創のチームを組成する際には、年齢・性別・経歴・国籍など多様性が重要だと思います。また、キャリア形成を考える際は、自身の強みと弱みを知ることが重要だと思います。

4. 新卒でジャフコ入社、VCのスタンダードを学ぶ

大学卒業後、起業しようと考えましたが、お金もビジネスアイデアもないので、就職することにしました。起業に役立ちそうと思い、外資コンサルかベンチャーキャピタルを考え、結果としてベンチャーキャピタル(以下VC)最大手であるジャフコに新卒で入りました。そこで、スタートアップ投資のスタンダードを学べたこと、ジャフコネットワークに入れたことは、とてもラッキーでした。
当時は、現在のスタートアップ投資の環境とは大違いで、ほとんどの未公開企業の資金調達は借入で、VCからの資金調達(エクイティ・ファイナンス)を活用するスタートアップ(当時は、ベンチャーや未公開企業と呼ばれていました)は殆どなく、エクイティ・ファイナンスの布教活動をして回りました。僕もそうですが、当時はVCが未公開企業に「飛び込み営業」をしていました。今では考えられない話ですよね(笑)。優先株式も投資契約書もストックオプションもない時代で、投資精査(デューデリジェンス、以下DD)や投資スキームが大変でした。経営者を見る眼、資本政策の考え方、株価交渉、は投資において非常に重要なポイントですが、これらをジャフコ・スタンダードで学べたことはラッキーでした。今から25年くらい前の話です。

5. スタートアップに転職、そして大手総合商社CVCに転職

ジャフコでのスタートアップ投資は、毎日刺激的で天職かとも思いましたが、金融やコンサルでない事業会社で「実業」を経験してみたいと思うようになり、数年で取引先のスタートアップ(インターネット×金融)に転職しました。経営企画部門で自社の資金調達を行ったり、マーケ部門でB2B(大手事業会社や金融機関向け)営業を行ったりしました。結局そのスタートアップは会社が行き詰まり、1年弱で転職することになりました。タイミング良く、大手総合商社のコーポレートベンチャーキャピタル部門(以下CVC)からお誘いいただきました。そのCVCは、実業(ビジネス)は熟知しているものの、DD手法、未公開企業の株価算定、投資家ネットワーク(投資案件ソーシング)に課題を抱えていました。
ところで、スタートアップ投資では、成功事例(IPOやM&A)より先に、失敗事例(倒産や廃業)が生まれます。そもそも投資は本業でないため、失敗事例が重なると投資活動を休止したり終了したりするケースもあります。そのCVCでは一時、数か月の活動休止になりました。いろいろな事情があると思いますが、事業会社の投資活動(CVC)は止めるべきではないと考えます。止めると、スタートアップや投資家業界での評判と信頼を失い、再開後に苦戦することになります。投資&共創は一投資家だけでは出来ず、複数の投資家と協調してスタートアップ支援を行っていきます。

6. またまたスタートアップに転職

投資活動の休止を受け、僕は大手総合商社CVCを辞めることにしました。想像していましたが、後にそのCVCの成功事例(IPO)が幾つも生まれました。僕の想像をはるかに上回る、素晴らしい投資パフォーマンスとなりました。
次に行ったスタートアップでは、主に事業開発(パートナー構築)を担当しながらも、5人くらいしか常勤役職員がいませんでしたので、IR(株主コミュニケーション)や従業員持株会設立やモバイルサイトのサイトマネジャーも担当しました。大手通信キャリアを含む大手事業会社が複数株主に入っていましたので、スタートアップの資本政策の良い事例を目の当たりにすることが出来ました。資金だけでなく、資金+事業成長をもたらしてくれる大手事業会社を探し、具体的に提案し、共創パートナーになる。両社が既存事業を伸ばす、新規事業を創る、そして共に成長する。
現在のスタートアップの資本政策(だれから、いつ、いくらの株価で、どの株の種類で、総額いくらファイナンスするかの計画)において、資金調達が難航する場合は必要資金を調達することのみに注力しますが、難航しない場合には資金提供に加え事業成長をサポートしてくれる投資家(主に大手事業会社CVC)を探します。大手事業会社CVCは、IPO後もスタートアップの株式を保有できる可能性がある点、事業成長サポートや商取引(売上を立てる)が出来る点、でVCよりCVCがスタートアップには歓迎されているように思います。

7. 1度目の起業で、食の世界へ

5年間で4社に勤務した後、30歳の時に僕は1度目の起業をしました。それまでは、金融とITの業界にいましたが、食ビジネスで起業することにし、最初の事業としてレストランを運営することにしました。食がとても好きでしたし、飲食業にはイノベーションの余地がたくさん残されているとも思いました。中でも現場のイノベーションに注目し、開店から2年間は店長として毎日現場に張り付きました。金融やIT業界の常識をレストラン運営に持ち込んでみたら、小さなイノベーションが起きました。そのチャレンジは、本にもなりました。
1度目の起業では、自分が一番資金を出していますが、過去の取引先や親しい友人からも出資をしてもらいました。スタートアップに出資する人の期待や不安などを自ら体験できたことは、現在の投資業務に大変役立っています。投資を受ける側を実体験出来たのです。この会社は、今も存続していますが、恥ずかしながらキャピタルゲイン(以下CG)も配当も、未だ行えていません。これまで直営レストランの株主優待券のみお渡ししてきましたが、この先の株主リターンのアイデアはあります。

8. 2度目の起業@上海、事業会社でCVC立上げ

2012年に上海に行き2度目の起業をし、和食店にチャレンジしました。いい所まで行ったのですが、最後は売上が落ちてきて会社の資金が底をつきました。中国は撤退がとても大変と言われますが、僕は運良く会社を売却し、2016年に日本に戻ることが出来ました。
日本に戻り何をしようかボーと考えていた時に、友人の誘いで食×インターネットの大手事業会社に入ることになりました。10年以上の飲食店経営、上海での起業・撤退、スタートアップ投資・共創の経験が買われたようです。失敗を含め過去のチャレンジは、いつ何と繋がるかは分かりません。読者の皆さんも、失敗を気にせず、色んなチャレンジを積極的に行ってみてください。新規事業立ち上げ、新しいパートナー企業との共創、転職、起業etc。
食×インターネットの大手事業会社で、CVC部門を新設することになり、僕が部門長になることになりました。投資委員会の設計、DDの仕組み化、投資・共創チームの組成、減損対応ルール設計、多層的ソーシングの仕組み作り、投資戦略の策定、など一連のCVC新設業務を全て行いました。大手事業会社のCVC新設や強化のサポートにおいて、僕の経験(VC2社+CVC3社)は、かなり役立てると思います(笑)。

9. フードテック特化ファンドの立上げ

コロナのロックダウンが世界中で始まった2020年3月、僕は一人で地球をぐるっと1周し、自ら見て聞いて話して感じてみました。東京 → シリコンバレー → トロント → ニューヨーク → バルセロナ → ロンドン → 東京。本当はロンドンの後に、エストニア、ドイツ、ノルウェーと回ってから帰国予定だったのですが、国境が閉ざされ(居住者のみ入国可)、フライト変更を余儀なくされました。
その時に2つのことが強烈に頭に残りました。1つ目は、コロナは長く続きそうで、世界中の人の興味関心が「健康と食」になるだろう。2つ目は、日本の食は高品質で超安価で国際競争力がある。しかし、食産業の「DX遅れと超人材不足」を解決しないとチャンスを失ってしまう。
帰国して1ヶ月半後、3度目の起業として、ベンチャーキャピタル(kemuri ventures 合同会社)を設立しました。そして、会社設立5か月後の2020年10月に、フードテック領域に特化したVCファンドを組成しました(食の未来ファンド1号)。当社ビジョンは「食ビジネスを日本の基幹産業の1つに」です。読者の皆さんとの共創(オープンイノベーション)や協調投資を楽しみにしています。

つづく

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