日本唯一のフードテック特化VC創業者による、投資・共創のポイント
~起業家理解がオープンイノベーション成功のカギ~
第3話 スタートアップ投資実務のポイント①
0)目次
・第1話 VCとスタートアップと起業とCVCの経験からの気付き(前々回)
・第2話 最近、なぜ大手事業会社がスタートアップ投資をするのか?(前回)
・第3話 スタートアップ投資実務のポイント①
・第4話 (予定)スタートアップ投資実務のポイント②
・第5話 (予定)ハイブリッド投資の勧め
前号では、「最近、なぜ大手事業会社がスタートアップ投資をするのか?」と題して、オープンイノベーションの重要性やスタートアップ起業家の特性、などについて書きました。今号と次号の2回に分けて、実際に大手事業会社がスタートアップ投資をする際、「投資実務」は何をどのように行うのかについて、ポイントやアドバイスも含め書いていきます。
1)投資部門(チーム)組成
まずは、スタートアップ投資の活動を実際に担当するチーム(部署)が必要です。兼任者を多めに集め、各人業務の10~30%を割当てスタートするケースも見受けられますが、スピード、責任の所在、熱量などの観点から、専任者(フルコミット)のみでチームを組成することを強くお勧めします。例えば、兼任者10人より専任者4人が良いです。10~15億円の投資予算においては、投資チームは専任者4人で十分運営できます。予算が30億円の場合は、6~10人らいの人員です。メンバー構成は(例えば4人の場合)、投資担当&チームマネジャー1名、投資担当1名、共創担当1名、管理担当1名です。
投資担当(ベンチャーキャピタリスト)に求められるのは、①計数分析力と②人間的魅力です。業務上、投資先の決算書を分析する必要がありますので、経理やIRの部門経験やコンサル会社勤務経験は活きると思います。温かいハートが無い、相手の話を聞けない、正論ばかり並べるタイプの人は、スタートアップ起業家と良い関係が築けないため、投資担当(ベンチャーキャピタリスト)には向かないと思います。人材マーケット(転職市場)で、ベンチャーキャピタル経験者を探す必要はなく(そもそも数が多くないし、給与レンジが高い)、社内から前述①②両方を持ち合わせた人を登用することをお勧めします。経理部門(または財務やIR)と営業部門の両部門でパフォーマンスを上げられる人を探すのも良いと思います。
共創担当は、必ずしも数字に強い必要はありません。社内に豊富なネットワークを持っている人、人から可愛がられる人、アイデアマンが向いています。投資先スタートアップとの共創を検討してもらう社内の他部署の人は、基本的に皆さん忙しいです。そこで話を聞いて貰うことや、スタートアップとのミーティングに出席してもらうのは、なかなかハードルが高いです。そこで「あなたが言うんなら、一回ミーティングに出るよ」と言ってもらえる人が必要です。また妄想的でも良いので、「〇と△を組み合わせてこんなこと出来ませんか?」や「社内のこの部門のニーズと投資先サービスで新しい取り組みができるかも?」など組み合わせのアイデアを出せる人です。提案型営業(コンサルティング・セールス)で成績優秀な人とかが、適任かもしれません。また、共創担当は、中途入社より新卒入社の人の方が、社内に新卒同期ネットワークを持っているため有利かもしれません。
管理担当は、几帳面な性格の人が最適です。投資先の計数管理と分析、株主総会の委任状への漏れのない対応、社内外への財務資料の取りまとめなど、間違えがあってはいけない類の資料を日々扱います。秘密情報の取り扱いにも慎重である必要があります。簿記2級とかの資格を持っていたら、更に良いです(必須でない)。いろんな考え方があると思いますが、「目立ちたがり屋」や「私が、私が…」というアグレッシブな性格の人は、継続性の観点からも、僕は向かないかもと考えています。
4人チームの場合、年齢、性別、バックグラウンド(過去の業界や担当部署)に多様性を持たせるべきです。4人全員が、新卒入社組の40代男性とならないように(笑)。
別の機会に理由を書くかもしれませんが、「二人組合」という形態での事業会社CVCの設立に、僕は大反対です。
2)ソーシング(投資案件さがし)
我々ベンチャーキャピタル(以下VC)のスタートアップ投資の主な目的は、株式売却益(キャピタルゲイン、以下CG、純投資)です。事業会社のスタートアップ投資の主目的は、CGではなく共創や事業シナジーですので、VCと同じ視点で論じることはできませんが、事業会社がスタートアップに投資をしても10~30%程度しか共創や事業シナジーに結びつかない現実を考えると、残りの70~90%はCGを狙う必要があります。そこで参考までに、VC投資について見ていきます。
VCのスタートアップ投資の成否(CGの有無や大小)を分ける要素は複数あります。その主な要素には、①ソーシング(案件探し)②DD(投資精査)③成長支援(ハンズオン)④EXIT(売却)がありますが、①ソーシングが最重要だというキャピタリストが多いです。どれだけ成長支援を行ったかも重要ですが、そもそもどこの会社に投資をしたのか、その投資機会を如何にして獲得したかです。
優れたVCやキャピタリストは、成功パターンやソーシングのネットワークを必ず持っています。そして、それは人に教えたくないのです(笑)。例えるなら、プロ野球で言う「勝利の方程式(中継ぎ投手→抑え投手)」だったり、釣りで言う「自分だけの秘密の漁場スポット」です(笑)。
スタートアップのコミュニティは、未公開であるケースが多いです。起業家、エンジェル投資家、アドバイザー、VC、事業会社CVCなどの「信頼関係に基づくネットワーク」も「良質な情報」も、web上にもイベント会場(除く招待制)にも、実はあまりありません。良質な投資案件の多くは非公開情報です。コミュニティのインサイダーになり、非公開情報が回ってくる人間関係やポジションを獲得すると、良いソーシングに繋がります。新しくスタートアップ投資を始める際には、コミュニティのインサイダーになることに、時間とお金を投資するのが良いです。事業領域が重なり、対話が噛み合う「親和性の高いVCファンド」にLP出資(スタートアップ間接投資)することも、その一助になると考えます。
ソーシングは、いろんなルートで情報が入ってくる多層的な仕組みを構築することをお勧めします。そのためにも、チームメンバーの多様性は大切です。20代のキャピタリストと40代のキャピタリストは付き合うCVC担当者の年齢や役職は異なるでしょうし、食品貿易の経歴をもつ人と医薬品研究の経歴をもつ人では得意領域が異なります。チームメンバーの多様性で、より多くの情報入手ルートを網羅することを狙います。
3)DD(投資精査)
このスタートアップと共創検討したい、事業シナジーが見込めるかも、投資して株主になりたい等の場合、いよいよ投資精査(Due Diligence、以下DD)を行います。
ここでは詳細は割愛しますが、DDの主な項目は以下です。
(1)経営チーム(特に代表取締役)
(2)競争力や技術力(強み)
(3)製品やサービス
(4)市場
(5)リスクや弱点
(6)競合(ライバル)
(7)財務(決算書・月次試算表)
(8)株価と投資リターン
(9)資本政策や株主構成
(10)事業計画(特に業績計画)
(11)法務(特許・業務提携・投資契約)
基本的に、チーム内で前述の一連のDDを行いますが、チームメンバー経歴や社内他部門との関係で、(11)は社内法務部門にサポートしてもらう場合もあります。10~100億円規模のM&A案件でなく、数千万円~数億円の一部出資案件ですので、外部の会計士さんや弁護士さんに依頼して数か月・数百万円かけてのDDは行いません。 書くと専門的で長くなりますので割愛しますが(笑)、「減損ルールの設計」と「減損ルールを加味した投資方針」と「投資先EXIT後の保有方針」は、IPOしている事業会社のスタートアップ投資では、すごく大切です。自社の業績やIRに影響します。
4)投資手続と実行(株式取得)
DDの結果、投資委員会等で投資決定した場合、他投資家の回答を待って(時には減額調整などをして)、いよいよ払込日に向かいます。
投資決定後に、スタートアップと締結する「投資契約書」や「株主間契約書」の最終版の確認をします。投資決定前に大枠では合意していますが、他投資家の要望もあり、若干変更が入るケースが多いです。権利も義務も、全て把握しておく必要があります。「リスクがあるから駄目」なのでなく、「このようなリスクがある投資案件である認識」が大切です。スタートアップの要望、他投資家の要望と調整する中で、100%自社の希望通りになることは殆どありません。
投資契約書や株主間契約書は、多くの場合「リード投資家」が用意します。事業会社CVCよりVCの方が、この辺は経験があるケースが多く、株主間で役割分担がなされたりします。売上アップや業務提携のサポートは事業会社CVC、ガバナンスや資本提携サポートはVCといった具合に。事業会社CVCにとっては、資本提携の契約書(出資に伴う株主間契約書など)より、業務提携の契約書に重きを置いて良いのではと思います。
社内手続き(申請)としては、投資契約書などの押印申請、資金移動(払込)の申請などがあります。申請系も出来る限り権限移譲し、スピーディに対応できるように設計するのが良いと思います。
さて、スタートアップへの最終投資決定をする「投資委員会」等のメンバーは何人で構成するのが良いでしょうか?企業規模にもよりますが、僕は5人くらいが適切と思います。企業規模や部門活動期間(経験値)により異なりますが、例えば以下のような感じです。
(1)新規事業開発 部門長クラス(共創を積極的に進める)
(2)計数に係る管理部門 部門長クラス(ガバナンス)
(3)投資チームのマネジャー(投資案件の提案主体)
(4)技術部門 現場のマネジャーなど(新たなテクノロジーやマーケットを知る人)
(5)外部のアドバイザー(LP出資しているファンドのGP経営者など)
※(3)以外の投資チームメンバーは事務局として、資料投影や議事録作成を担う。
ところで、DD着手してから払込まで3~6カ月かかるという事業会社CVCは多いと思いますが、仕組み化・メンバー構成・投資委員会の設計を工夫すると1カ月程度でも可能です。たとえば、あるスタートアップが3ヶ月後の3月末に向けて資金調達中だとします。この会社(事業会社)とこのスタートアップは相性良さそうだな、シナジー生まれそうだなと思い、お繋ぎしようとする他投資家がいます(例えば、僕らVCです)。スケジュールの観点から、3か月以内に対応できる会社さんにはお繋ぎできますが、残念ながら6カ月かかる会社さんにはスケジュール的にお繋ぎすることが不可能なのです。共創や投資を検討する母数(件数)は多い方が、良いと思います。特に、信頼関係ある投資家からの紹介案件は、良質な案件が多く、長い検討期間を理由にお受けできない(仲間に入れて貰えない)のは避けたいですね。
つづく