vol.6 国内外から多彩なスタートアップが集結する 国内最大規模のカンファレンス・SKS JAPAN、開催! 主催者・UnlocX代表・田中宏隆さんに聞く〝食 ✕ 街〟の可能性 【三井不動産 ✕ UnlocX】

コンセプトの設計から都市実装まで、ワンストップで食の事業開発をサポートするプラットフォーム「&mog by Mitsui Fudosan」。今春、日本橋を拠点にスタートしたこのプロジェクトのキーワードは〝街で育む、未来の食〟。三井不動産が食に関わるパートナー企業と共に、新たなイノベーションを生み出すためのさまざまな活動を行なっています。
「&mog王国」では毎月開催されるプロジェクトのイベントや最新ニュースをご紹介。日本橋から始まる新しい食の潮流をレポートします!

フードシステムの常識を〝Unlock(解放)〟する
スマート・キッチン・サミットを日本で開催する理由とは?
2017年に、食をテーマとした世界規模のカンファレンス『スマートキッチン・サミット・ジャパン(以下SKS JAPAN)』を立ち上げた田中宏隆さん。『フードテック革命』(日経BP)の著者としても知られ、昨年、新たな食のエコシステム作りを目指す新会社「UnlocX(アンロックス)」を起業したばかりだ。
田中さんはこれまで、松下電器産業(現パナソニック)、マッキンゼー・アンド・カンパニー、シグマクシスと活躍を続けてきた。
「松下電器時代は、日本のハイテクメーカーを世界一にしたいという思いがあって、それを自分のキャリアゴールにしていました。27歳の頃、MBAの社内候補生になった時に先輩から〝お前はもっと視野を広く持て〟といわれて、そこからすごく悩んで絞り出した答えでした。当時僕がいたのは、社内の一事業部門の中の一部門。事業部門の戦略なんて考えたこともなくて、それどころか松下電器全体のことさえ考えたことがなくて、でも自分のキャリアゴールは起業をしたいとか、そういうことではないなと悟ったんです。
それからは、業界の再編プランを考えて提出したり、それを外部にぶつけたりして磨き、社内に働きかけるなど色々と動いてみたんですが、当時は一企業でやるには重すぎると言われました。田中君、わかるけどちょっと落ち着いて今できることをやろうか、と言われました(苦笑)。それでも、本当に勝ち筋がないと思っていたので、落ち着いている場合じゃないですよ、とかなり意気込んでいましたね。いろんな結果を見ると、その業界再編プランは結果的に正しかったのですが—-。そんなことが重なって、松下電器にいたらやりたいことが達成できないだろうと、飛び出したんです」
以後、田中さんは松下電器産業からマッキンゼー・アンド・カンパニーに転職、さらにいくつかの企業を渡り歩いた。その過程で、〝ハイテクメーカーを世界一にする〟ということではなく〝日本に眠る技術や人財の価値を最大化していく〟ことが、キャリア&人生のミッションなったという。しかしながら、どうやってその最大化を実現していくのか? ということを悩んでいた時に、とある食系のスタートアップの創業者から紹介された一冊の本が、食にたずさわる大きなきっかけの一つを作ったと、田中さんは続ける。
「アメリカのジャーナリスト、マイケル・ポーラン著の『人間は料理をする:火と水』という本なんですが、簡単にいうと、ホモサピエンスは火を使ったところから進化が始まった、と。火を使うことによって、食物を消化するために多くの時間を使う必要がなくなって、その時間に他の生産的活動ができるようになった、というんです。だから、料理って人類を人類にしたものなんだよ、と書かれていて。そんなことは正直考えたことがなかった。料理ってすごい、と。そこから食や料理をテクノロジーでなんとかできないのか? と思いを巡らすようになった。その結果、出会ったのが『Smart Kitchen Summit』だったんです」
2016年、シアトルで行われた第1回『Smart Kitchen Summit(SKS)』を訪れたことから、田中さんは、仕事の舵を食分野へと大きくきるのである。
「行ってみたら参加者が4、500人もいて。大手家電メーカーやTech企業、食品メーカー、リテール、スタートアップやファンドも来ていて、すごい熱量でした。そこでの議論を聞いていた時に、まさに雷が落ちたのです。食とテクノロジーの交わるところに、日本に眠る技術と人財の価値の最大化の鍵がある、と。さらに、日本の食には技や文化もとんでもなくあり、この領域はあらゆるものが交差する。〝食✖️テクノロジーの領域こそ、今日、日本で求められるものだ。これは日本にとっても大きなチャンスになる〟と確信しました」
善は急げと、さっそく翌年、SKSの主催者であるマイケル・ウルフ氏と会う機会を作った。
「ミーティングをセットすると、私は必ず何か前進する提案やアクションを決めないともったいないと思っちゃうんです(笑)。それで、せっかく会う時間をいただいたので、ここまで(私達の)テンションが上がっているのであれば日本版をやりたいって投げてみたら、彼が“サウンズグッド”みたいにすごく軽いノリで(笑)即オッケーがでたんです。その話を入社して間もないシグマクシスに持ち帰ると、〝やってみたらいい〟と、背中を押してもらえたのも、本当に大きかったですね。普通の会社はGOを出さないと思います(笑)。分からないことだらけでしたが、会社一丸となり取り組み、2017年にSKS JAPAN(当時はSmart Kitchen Summit Japan)が立ち上がりました」
そこから瞬く間に食にまつわる世界が広がっていった。さらに2020年に『フードテック革命』を上梓したことも、大きな変化をもたらしたという。
「本を読んだ色んな分野の方が、“何か一緒にやろうよ”って声をかけてくださることがどんどん増えて。それが本当に面白い人ばかりでしたね」



こうして様々なタイミングが上手く重なって、『SKS JAPAN』開催への流れがハイスピードで進んでいったのだ。今年は10月24日(木)〜26日(土)の3日間、東京・日本橋で『SKS JAPAN 2024 -Global Foodtech Summit-』が開催される。7回目となる今回は、激動する世界の動きと連動しつつ、日本が本質的に取り組むべきことを見据えよう、という目的もある。そのためには国や地域、産業を超えて結集し、共創を持続的に行える環境づくりが鍵を握るという。そこでコミュニティとしての繋がりを強め、コミュニティが群となり社会実装、社会変革に繋がるアクションを生み出す場にしていこうというのだ。
また、フードテックの海外事情にも強い田中さんによれば、最近は食の分野で、海外から日本へのラブコールが集中しているという。その理由を聞いてみると「もともと海外では日本の技術に対して関心が高いんですよ。僕は日本が世界に発信できる技術はたくさんあると思っていて、例えば代替プロテインもそうだし、プラントミートもそうです。大豆を原料にして食べ物を作ろうとすると匂いが問題になるけれど、日本のマスキング技術とか食感の技術、食品加工技術、おいしさ設計技術、本体化技術は世界のトップクラスにある。それをもってすればかなり高度なものを作ることができる。アメリカでも本物の肉に近づける企業が出てきていましたが、あちらはかなりいろんな方面で手を加えて本物に似せる方向に進むので、それはそれですごいものができますが、日本の場合は体に良いとか、より素材を生かした形で作ることができます」
こうした日本の高い技術力の中に、今後の食課題に対する解決策があるのではないか? と注目が集まっているという。これをチャンスととらえて「これからの日本の役割は、食のイノベーションを世界に発信すること。食の技術文化立国として、最先端の技術が集まるラボを作り、日本が食のイノベーションの目的地になるべき」だと力説する。
「外的環境から言うと、ここ数年、国内に食のエコシステムがどんどん出てきていることを強く感じます。『&mog by MitsuiFudosan』はその象徴でしょう。いろんな企業を繋げる枠組みがあって、『SKS JAPAN』だけではなく、様々なコミュニティがどんどん生まれてきて、それが相互に繋がってきている。そこに新しいビジネスの大陸ができつつあると見ています」
近年の国内に起こっている多種多様な食を取り巻く動きを活性化させるために、共創できる場を作ることが重要だと、田中さんは続けた。
「そういう意味で『&mog by MitsuiFudosan』は面白い共創拠点になると思います。不動産業が主導するプロジェクトという形は、ほかの国にはないユニークな試みだと思いますが、どう思いますか?」と田中さんが投げると、『&mog b yMitsuiFudosan』の実動部隊である吉田信貴さんは「不動産業では一般的に、ビルの開発をしているセクションの人が食について取り扱いますが、それだとタスクはビルを開発することになってしまう。僕達みたいに、街作りの一環としてやっている部署では目的が違います。だからこそ我々が介在する価値があると信じています」と熱く答えた。
今春から本格始動した『&mog by MitsuiFudosan』では、事業コンセプト作りから事業立案、試作品製作やテストまで食の事業開発における全プロセスを支援。さらに生活者に浸透させるためのマーケティングを含め、街単位でフォローすることを目指している。こうした街を一つの単位としてとらえることには田中さんも賛成だという。
松下電器からマッキンゼー・アンド・カンパニーに移った田中さんは、8年間で多くのプロジェクトに関わったが、やがて目指す方向性の違いに気が付いたそうだ。
「マッキンゼーでの仕事はやりがいもあり面白くて、人も凄い人材が多くて大好きだったのですが、基本的に超大企業を相手にしています。ただ、大企業に負けず劣らず中小企業にも同じぐらいすごい技術があり、それを生み出す技術者がいることは間違いないと思います。こうした数多ある技術と人材の価値を開放するためには、このままここにいては自分が目指したい〝日本に眠る技術と人財の可能性を開放する〟というミッションに到達しないと確信するようになりました。それで私は〝事業開発プラットフォーム〟を作るって宣言して、去りました。今の言葉でいうと複数企業が集まる事業共創拠点・プラットフォームのようなことだったと思います。このモデルは『&mog by MitsuiFudosan』にすごく繋がっていくなぁと感じています」
シンクロはそれだけでない。ここ二年ほど、田中さんが個人的に注目してきたことが“街と食”。まさに『&mog by MitsuiFudosan』のテーマだったのだ。去年参加した『Food 4 Future』(世界的なフードテックカンファレンス)の基調講演では、イギリスの建築家・キャロライン・スティールの「Food Shapes the City」という言葉が印象に残ったという。同氏は「Citopia(シトピア)」という書籍を書いているが、これはラテン語の造語でフードプレイスという意味をもっている。 「『Citopia』を起点とした彼女の講演では、中世においては街を外敵から守りながらどうやって食料を確保するのか? ということが死活問題だった。食をどのように確保するのか、ということを起点に街を設計していくようなものであったというのです。そう考えた時に、〝新しい食体験〟というものが社会に実装されてゆくのは、本来、それぞれの地域単位であったと思います。よく食のバリューチェンなどを考える時、食品産業、小売産業、レストラン産業などと分類はするけれども、実際に、例えば街にあるコンビニは〝小売産業〟に分類されるかもしれないけど、まずは〝街の一部〟であるということなんだと思います。しかしながら、今の日本の産業の捉え方は、機能別になりがちです。本来、両輪であるべき地域別の食システム構築を担う主体がいないのが課題だと思います。これは行政など、企業は愚か産業を超えた存在が担うべき役割だと考えますが、その役割をリードしてくれる行政は、ほぼいないのではないでしょうか?」
国内の食のバリューチェーンは高度に完成され、役割分担されているので、がっちりと分業化が進んでいる。各社各様のやり方で既存の枠組みを超えた協業や共創を試みているが、どうしても商流における売り手・買い手の関係から大きく逸脱することが難しい。また、日常の生命線とも言える〝食を届ける〟ことを担っていることもあり、大胆な動きが出てきていない状況である、と田中さんは付け加えた。
「という状況ではありますが、誰かが、地域視点を持ちながら新たな食のシステム構築を担うようなことをことをする必要があると思います。そういう思いをもち、魂を込めて行動するプレイヤーが現れないか、という話を様々なプレイヤーと共にしていた時に、中立的な立場でもある「&mog by MitsuiFudosan」という活動を立ち上げようとしている吉田さん達に出会い、これは、かなり素晴らしい動きだなと思いました。そういうことでしたので、是非一緒にやってみたいという気持ちになりました。もちろん各社それぞれの戦略を尊重しながら進めてもいいとは思いますが、地域単位で食のイノベーションを起こしうる場ができるということ、それを不動産プレイヤーが推進しているというのは、世界的に見ても非常にユニークだと見ています」と、田中さん。

この言葉を受けて吉田さんも「そうなんです。だからこそ、僕らが動くチャンスが結果的にあったのかなと思っています」と同意する。
「『&mog by MitsuiFudosan』の本当の強さはそこにありますよね。新しいテクノロジーがどう社会に浸透していくのかは、時間をかけて見守るしかない。そういう意味では不動産業が持つ長期思考ってすごく親和性があると思います。日本の食のイノベーションは、むしろ不動産業が主導していくという形はいいと思います。そういえばパートナーもすごく増えてきていますよね」と田中さん。
「はい。去年1年でかなり増えました。気軽に会話できるのは40~50社ぐらい。本当にそれぞれの方がそれぞれのことをやっているので、食産業はすごく巨大で複雑だなと実感しました」と吉田さんもうなずく。

『&mog by MitsuiFudosan』が目指すのは、食の事業開発における全てのプロセスを支援することだ。事業コンセプトを立案するところからスタートし、研究開発、試作品作り、生活者へのマーケティングまでトータルでフォローする。そのために必要な施設はもちろん、必要な人脈までも繋ごうとしている。
「今、食品メーカーの研究開発部門は時間軸にすごく追われています。そこで一社でやるのは限界にきているから、共同のR&D基盤とか共同事業開発基盤みたいなものが必要になってくる。この形は僕が昔から思い描いていた事業共創プラットフォームに近づいてきている感覚がありますね」という田中さんは、『&mog by MitsuiFudosan』が多くのスタートアップをフォローしていることにも触れた。
「スタートアップからすると、日本橋に来ると年間ある程度の売り上げがたつ、そういう経済圏を新しくつくるのはありでしょうね。『&mog by MitsuiFudosan』を通過して出てきたスタートアップに、日本ならではの出口(販路)を作るにはどうしたらいいのかと考えています。こうしたポイントはもっと様々な人達と話し合いたいと考えており、「SKS JAPAN」でも、みなさんと議論してみたいと実は目論んでいます。注目度は高いと思いますよ」
さらに話題は、食にまつわる業界構造の複雑さにも及んだ。
「それぞれの方が本当に多種多様なことやっているので、食はやはりすごく巨大な産業であるとよく思います」と吉田さん。それゆえの不自由さもあるのだというと、田中さんはこう話す。「そうなんですよね。新規事業の会社が流通と繋がりたいけれど、業界の構造で直接会いに行くわけにはいかない、という話もよく聞きますよね。でも『SKS JAPAN』では、世界中のいろんな産業の人達を磁石のように繋げることができるし、『&mog by MitsuiFudosan』も様々な食の人達を巻き込んでいける。僕らはある種自由である、とういう風にいきたいですね」
食を通じ、日本橋の再生に取り組む『&mogbyMitsuiFudosan』と、国内外の技術・人材を繋げ、より豊かな世界の実現を目指す田中さんの挑戦。この二つのチームのタッグによって、日本橋はイノベーターが有機的に繋がる場として、今後ますます存在感を増していくに違いない。
■クレジット
text:Jun Okamoto
photo:Yukako Hiramatsu