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vol.3【三井不動産×食の改革者たち】幕末から明治にかけて起った〝食のイノベーション〟 Z世代の食文化研究家がその歴史を紐解き、未来の食課題を考える

食文化研究家の長内あや愛さん(右)と三井不動産街づくり推進部 事業グループの吉田信貴さん(左)。

コンセプトの設計から都市実装まで、ワンストップで食の事業開発をサポートするプラットフォーム「&mog by Mitsui Fudosan」。今春、日本橋を拠点にスタートしたこのプロジェクトのキーワードは〝街で育む、未来の食〟。三井不動産が食に関わるパートナー企業と共に、新たなイノベーションを生み出すためのさまざまな活動を行なっています。
「&mog王国」では毎月開催されるプロジェクトのイベントや最新ニュースをご紹介。日本橋から始まる新しい食の潮流をレポートします!

「日本の食の歴史の中で、一番大きな変化があったのが江戸時代後期から明治初期です。鎖国が終わり西洋料理が導入され、日常の食が大きく変わりました。その当時の人々が食べていたものを再現してみたいという思いから、5年前にこの店をオープンしました」
そう話すのは、食文化研究家の長内あや愛さんだ。慶應義塾大学総合政策学部在学中に、研究の一環として日本橋室町にレストラン『食の會 日本橋』を立ち上げ、昼は現代の洋食ランチ、夜は再現料理を提供する。おいしいと感じる要素には、料理自体のおいしさだけでなく、食材生産者の背景や料理自体のストーリーなども含まれる。それを耳で聞き、目で見て知ることができれば、よりおいしさを実感できるはず—。『食の會 日本橋』は、江戸後期から明治期の再現料理を、そのストーリーと共に体験できる場として生まれた。

長内さんが明治時代の文献をもとに再現した、日本人が初めて食べたカレー「コルリ」。

安政7年(1860)に福沢諭吉が出版した「増訂華英通語」にも「Curry」の文字が。復刻レシピでは「西洋料理通」(仮名垣魯文著/明治5年)や「西洋料理指南」(敬学堂主人著/同)などを参考に再現。

長内さんはまた、2023年から『&mog by MitsuiFudosan』のアンバサダーとしても活動している。『&mog by MitsuiFudosan』の陣頭メンバーの一人、日本橋街づくり推進部の吉田信貴さんは、長内さんとの出会いをこう語る。
「食のイノベーションを目指したプロジェクトを推進する中で、実際に飲食事業に携わる方の協力が不可欠になってきました。食全般にまつわることですから、開発者の間で話をして完結するようなものではありません。最終的なアウトプットとして、生活者に届くように食事を提供したり、飲食店に実装するなど、形にしないと意味がない。そこで協力してくださる方を探していたところ、長内さんと繋がることができたのです」

日本橋という食の街で、食文化の研究と貢献を果たす長内さんの活動は『&mog by MitsuiFudosan』にとって理想的なパートナーであったという。「何より嬉しかったのは、長内さんが日本橋のことが大好きで食の歴史に詳しい、ということでした。僕らも既存の産業に新しい技術を活用したい、イノベーションを起こして新しい価値を作りたいと、取り組んでいます。その〝食の未来を創る〟というビジョンが長内さんの考え方と重なっていたのです。それがとても心強い」と吉田さん。

料理を歴史から紐解き、それを現代に蘇らせて新しい価値を生み出そうとする長内さんと『&mog by MitsuiFudosan』の協働の一つが、店舗でのメニュー提供。同プロジェクトに寄せられる食品メーカーや商社などからの開発相談に対し、実際に調理を必要とする際には『食の會 日本橋』のキッチンで長内さんが試作品を作り、メンバーで試食をする。この日も、植物性代替食品を扱うディーツフードプランニングの動物性フリーの明太子風ペーストの試食が行われていた。「ここがいわば、僕らの食の研究基地のような存在になっています」と吉田さんは笑う。

「日本橋はともともと街道の起点として始まった街ですから、食文化の歴史研究の面から見てもとてもロマンがあります。当時は全国各地の特産品やその土地のおいしいものが江戸・日本橋に集まってきました。その時代の江戸は、北京やパリなどの外国の大都市よりも人口が多かったそうです。それだけに多彩な食材が集まり、成熟した食文化が花開いたのですね。江戸時代の料理といえば天ぷら、鮨、蕎麦などが思い浮かびます。そうした代名詞的な料理ができた後に、西洋料理がやってきて日本人の食生活はガラリと変わり、今の食文化が生まれました。当時の日本の食事にはタンパク質が不足していたので、肉を主体とする西洋料理を政府が意図的に導入したものと考えています。だからこそあのような急激な変化を起こすことができたのでしょう。現在もまたタンパク質クライシスであったり、フードロスであったり、様々な食の課題を抱えている時代です。そこでは、同じような食の変革が必要とされています。豊かな食を楽しむことと並行して、食の課題と融合する地点を見つけることが求められています」と長内さんは話す。

食のイノベーションがおこった幕末〜明治初期の歴史に、現代の食課題解決のヒントがあるのではと長内さん。『&mog by MitsuiFudosan』では新食材を使ったメニュー開発を担う。

「富嶽三十六景 江戸日本橋」(葛飾北斎)。全国から集められた産物が船で行き交う水路の向こうに、江戸城と富士山が描かれている。

現在の『&mog by MitsuiFudosan』では、食品メーカーから持ち込まれる商材のユースケースを一緒に作るという支援が多い。しかし、今後はそこにもう一歩踏み込んで関わっていけたら、と吉田さん。「商品が生まれる段階、新しいアイデアを事業コンセプトから最終的な商品になるまでを一気通貫でサポートできればもっと楽しめるのではないかと思っています」。食品メーカーの研究開発部門では、事業化の検討すらされずに埋没するアイデアも少なくない。そこで『&mog by MitsuiFudosan』がタッグを組み、迅速にアイデアを具現化・検証し、事業の可能性を探るアプローチができないかと模索しているという。そのためには『食の會 日本橋』と長内さんの存在が不可欠だ。「長内さんはエネルギッシュで、ご自身の考えをしっかり持っています。何を投げ込んでも投げ返してくれるのですごく助かっています。色々ディスカッションできるのも頼もしいですね」と吉田さん。

「食の會」でも提供している、コンニャクを原料とした動物性フリーの動物性フリーの明太子風ペースト(ディーツフードプランラング)を使った明太パスタ。

この日、長内さんが植物由来の明太子風ペーストを使って作ったのは、明太パスタ。
「食事制限のある方にも食べてもらえるなど、社会的意義を持った商品ですが、それを生活者に届けるチャンネルや目に触れるきっかけを作るという活動を『食の會 日本橋』を通じてこれからやっていきます。その前段階として、今日はどう調理したらおいしくなるか? という点を一緒に考えています」と吉田さんは続ける。

「代替食材というと本物よりもおいしくない、という思い込みがあると思うんです。でも、カニかまぼこはカニの代わりに生まれた商品ですが、おいしいですよね。がんもどきだって考えてみれば植物由来の昔の代替食材です。でも私達はおいしいから食べています。そのように代替食材の概念が変わり、むしろ食べたい、トライしたいと思えることが大切。食の新素材はそれ自身のおいしさが格段に上がっていますから、概念が覆れば食のイノベーションはきっと起こせる。そこに貢献ができたらいいなと思っています」

世界中が多くの食の課題を抱える今、新たに持続可能な食文化を考え直す必要に迫られている。そこで環境に優しいタンパク質の確保が急務と考える長内さんは、納豆菌を新タンパク質食材とするブランド「kin-pun(キンプン)」を立ち上げた。
「1日3食にプラスして、タンパク質嗜好品や機能性食品でタンパク質を補給している方が多いようです。そこで日常的に料理の中にどうやったらタンパク質もっと取り入れていけるかという研究をしています」。「kin-pun」では、納豆菌の豊富なタンパク質に着目。納豆菌を培養し粉末にすることで、パンに練りこんだり、ドレッシングの乳化に使ったりと、今までにない方法で手軽にタンパク質を採ることができるという。その上、納豆菌は穀物と比べれば生産に必要な土地はとても小さくてすむ。さらに農作物ではないので肥料が拡散する、という心配もない。生産時に地球に負荷をかけないタンパク質なのだ。

肉食が禁忌されていた江戸時代から明治になり、食のイノベーションが起こることで、今のような肉をタンパク源とする食生活へと移行してきた日本。「現在の食糧問題や未来の豊かな食を考えるとき、歴史からヒントを学ぶべきではと、思います」そう、長内さんは締めくくった。

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